「いつかは帰る」と思っていた故郷の地。
仕事面でも、暮らしの面でも
ベストなタイミングで移住できました。

 

仕事や人間関係の不安はありながらも、
長年暮らした福岡を離れ、Uターン。
Q.山陽小野田市に移住した経緯を教えてください。

悟さん:
山陽小野田市は私が生まれ育った場所です。大学生の頃から福岡で暮らしていましたが、いつかはここに帰ってこようと思っていました。ただ、仕事やお付き合いを考えると福岡を離れることはなかなか難しかったですね。一人暮らしをする母が80歳を超えたこともあり、2017年にUターン移住しました。

瞳さん:
母が住む家は、約25年前に夫が設計したもので、2階を事務所仕様にしていたんです。独立をするならここでと考えてのことだったのですが、そのままになっていました。父や愛犬が亡くなり、一人には広いこの家に暮らす母のことが気になっていましたし、「いつ山陽小野田市に帰るのかな?」とういう思いがいつも頭にありました。なので移住することに驚きはなかったです。むしろ“やっと”という感じですね(笑)。

悟さん:
移住が決まると、母はとても喜んでいました。「早く帰ってきて」と口に出すことはなかったのですが、心の中では待っていたのだと思います。

Q.移住に際して、不安に思ったことはありますか?

悟さん:
やはり仕事面が一番不安でした。福岡市に建築デザインと3DCG、映像を3本柱とする事務所を構え、約25年さまざまな仕事を手がけてきました。移住後、仕事の量や質がどのようになるのか、正直言って見えなかったですね。

瞳さん:
私は長く過ごし、多くの友人がいる福岡を離れて、寂しい思いをするのではないかという点が不安でした。福岡ではバレーボールのサークルに入り、その仲間ともいい関係を築いていたのですが…。

悟さん:
私も小中高を共に過ごした友人のほとんどは県外に出てしまっていました。寂しいなと思いますが、私のように戻ってくる人もちらほらいて。年齢的にもこれから増えるかもしれませんね。

瞳さん:
最初はそんな不安もあったのですが、同じようにこちらでもスポーツのサークルに入ってみると、いい先輩や仲間に出会うことができたので、安心しました。また、仕事でもいろんな方に出会い、想像以上にたくさんのいい友人ができました。ご近所の方も移住した私たちを気にかけてくれて、とても優しくしてくださっています。寂しい思いをすることはまったくありません。

悟さん:
私もYCC(山口県クリエイターズ会議)など、同じ業界の方々が集まる団体に積極的に参加して、なるべく横の繋がりを広げるように意識をしていました。ユニークな方に多く出会い、気の合う仕事仲間も増えています。同じように、Uターンした方もけっこういらっしゃって、境遇が同じなので話も合います。

 

早くから始めていたドローン事業が好調。
仕事が増え、市のPR映像も手がけるように。
Q.現在の仕事について教えてください。

悟さん:
福岡の時から引き続き建築デザイン、3DCG、映像の仕事を行っています。事務所を立ち上げた時は店舗設計などの建築デザインがメインだったのですが、徐々に分野を広げてきました。お客さまに設計イメージを伝えやすくするために始めたCGがさまざまなところで注目され、大型プロジェクトの3DCG制作を任されるように。さらに映像も手がけるようになりました。

瞳さん:
私は夫が事務所を立ち上げたのを機に、未知の分野だったコンピュータグラフィクスの世界に足を踏み入れました。夫が設計したものをCADデータや3DCGデータに起こすなど、作業的な部分をサポートしています。

悟さん:
建築デザインの仕事は、今でもお付き合いがある福岡が中心ですね。山口ではまだまだです。代わりに、最近は映像部門のドローン撮影の引き合いが多くなっています。小学生のころからラジコン飛行機やヘリコプターが好きで、早い段階からドローン操縦を始めました。撮影のほかに、日本ドローン協会の認定インストラクター第1号として講習会を開くこともあります。

瞳さん:
ドローン事業は2018年に別会社化して、私が代表となっています。ドローンは、空撮のほかに農薬散布などスマート農業の分野でも活躍が期待されていて、これから仕事の幅も広がりそうですね。

悟さん:
2019年には県立山口博物館で行われた「どきどき!ドローン・ワールド」という特別展の企画を手がけ、いまでは山陽小野田市のドローン事業を盛り上げるために、山口東京理科大学と産学連携の取り組みを行うまでになりました。また、山陽小野田市のPR映像のドローン撮影などを行っています。行政からの依頼も増えてうれしいですね。ここまで来るには3年ぐらいかかりましたが、ようやく認知していただけたと感じています。そして、移住して感じたのは、市長や市役所の方との距離が近いこと。市長も申し入れすれば快く会ってくれることに驚きました。

瞳さん:
市役所の方や商工会議所の方、みなさん親身になってくださいますね。これからも仕事のクオリティを上げて、喜んでいただけるような仕事をしていきたいです。

あつまれ!「夢人」& 市PR動画(外部リンク)
<さんハロ> 応援ソング「さんハロへGo!」(公立保育園幼稚園Ver)(外部リンク)
<さんハロ> 応援ソング「さんハロへGo!」(私立保育園編Ver)(外部リンク)

 

機材を軽々と担ぎ、撮影を行う悟さん。山陽小野田市のPR映像の制作のために、市内のあちこちに足を運んでいます。
若い頃にはわからなかった故郷の魅力。
自然に近い暮らしを楽しんでいます。
Q.久しぶりに暮らす地元はいかがですか?

悟さん:
若い頃にはわからなかったたくさんの魅力に気づく毎日です。豊かな自然、災害の少ない穏やかな気候、温かい人々など、とても暮らしやすい場所だと感じています。特に「日本の夕陽百選」に選ばれている焼野海岸は素晴らしいです。対岸に九州が見える瀬戸内ならではの風景は、福岡で見ていた日本海側の景色とはまた違っていいですね。先日は有帆地区の熊野神社に撮影に行ったのですが、一説には、奈良時代のものといわれる磨崖仏があり、知らなかった歴史を感じることもできました。仕事柄、市内のいろいろな場所に行くので、いいところを見つけやすいのかもしれません。

Q.暮らしのなかで不便はありませんか?

瞳さん:
移住してきたばかりの時、生活する上での不便がないことに驚きました。日常の買い物をするのはまったく問題ないです。近くに病院も充実していて安心ですし、公園など憩いの場所もたくさんあります。

悟さん:
ただ、“どこにでもあるわけではないもの”を手に入れるのが難しい時はありますね。例えば、福岡では大型の家電量販店ですぐに買えた仕事の機材などが、今はすぐに買えないことも。なので、福岡に行った時に買ったり、ネット注文したりしています。それとコーヒーが好きで、自宅で挽いて淹れているのですが、市内では焙煎したてのコーヒー豆を手に入れるのが難しくて。仕事仲間にこだわりの焙煎所を教えてもらって、山口市のお店まで買いにいったりしています。近くにそういうお店ができるとうれしいですね。

瞳さん:
生活に車は必須ですが、自転車が好きでよく乗っています。坂道があまりなく、自転車で走りやすいです。電動アシスト付き自転車なのですが、アシストがなくてもいいくらい(笑)。

悟さん:
車の駐車場代を払うことがほとんどないのもいいですね。以前は駐車場探しに始まって、車を停めた後も時間を気にしていましたが、それがなくなりました。また渋滞することもほとんどありませんし、道もきれい。車の運転が好きな私は、ストレスなくドライブを楽しんでいます。

Q. 生活に変化はありましたか?

瞳さん:
畑の作業をするのは初めての経験でした。島育ちの私にとって海は身近でしたが、農作業をすることはほとんどなかったんです。今では、母や近くに住む夫の妹2人の家族と一緒になって、草むしりから教わってやっています。まだ初心者なので難しいことはできませんが、収穫は得意ですよ(笑)。土に触れるのは気分転換になりますし、旬のものを食べられるのがうれしいですね。野菜はほとんど買わなくていいほど種類豊富な上、イチゴやブルーベリー、ブドウ、イチジクなどの果物もよく採れます。自分で作るのでジャムを買うこともなくなりました。若い時は都会の暮らしが刺激的でよかったですが、この年齢になると自然に近い暮らしが楽しいですね。

悟さん:
そして収穫したものを使った料理と晩酌も家族の楽しみになっています。以前は、遅くまで仕事をして夕飯は21時、22時ということもあったのですが、母と暮らすようになって、18時半に夕飯を取るようになりました。私と母はビール、妻はワインなどを飲みながらゆっくり食事をとっています。

瞳さん:
夫はその後、深夜まで仕事をすることがあるのですが、私は母と暮らすようになって遅い仕事はしなくなりました。夜一緒にご飯を食べて、その後もおしゃべりをして。朝、夫は寝ているので母と二人で食事をして…。今では夫よりも母との会話のほうが多いくらいです(笑)。あとは、ご近所づきあいが増えました。以前はマンションの隣の人を知っているくらいだったのですが、こちらではみなさんが気にかけてくれています。この間はあるご夫婦が大きな鯛を持ってきてくださったので、畑の野菜を差しあげました。母一人の時は、ここまでの交流はなかったそうですが、私たちが来たことで少し変わったようです。

夕陽がきれいに見えそうな日は、撮影スポットに向かいます。この日は縄地ヶ鼻公園の防波堤へ。
縄地ヶ鼻公園は、市内に多数ある公園のひとつ。緑地にはバーベキューを楽しめるエリアも。3月ごろには約3万本とも言われるスイセンが咲き誇ります。
Q. 移住してよかったと思うのはどんな時ですか?

悟さん:
仕事面では、今私たちが力を入れているドローン事業に適した環境を利用できる時によかったと思います。ドローンを飛ばすにはさまざまな規則があり、場所を探すのも難しいのですが、山陽小野田市はとても協力的です。福岡ではなかなかこうはいかなかったですね。そして、暮らしの面では人の密度が少なく、開放感を味わえることにほっとします。これは、年齢的なものもあるのかもしれませんね。

瞳さん:
最初の1~2年は仕事にしても暮らしにしても、戸惑うことがありました。友人が増え、仕事の協力者が増えてからは、精神的にゆったりと、そして健康的に過ごすことができていて満足しています。これからの私たちには、さまざまな面から見て山陽小野田市への移住はいい選択だったと思います。

 

移住者が心を開けば受け入れてくれる土地。
仕事のスキルを高めておけば、安心です。
Q. 移住を考えている人にメッセージをお願いします。

悟さん:
きっと仕事を心配する方が多いと思います。実際に私たちが移住して、自営の仕事をする上で感じたことは、1つの仕事ですべてをこなすのは難しいかもしれないということです。基本となる仕事のほか、2~3つジャンルの違うスキルを身に付けた上で、移住すると安心感が違うのではないでしょうか。1つに頼ると、それが不調な時に難しくなります。私もいくつかのスキルがあったのでこうやって生活ができています。

瞳さん:
暮らしの面では、閉じこもらずに積極的にサークルでも自治会でも顔を出していくと、たくさんの出会いがあると思います。相手からのアクションを待つのではなく、自分から仲間に入れてもらうアクションを起こすことは大切ですね。きっと「教えてください」の言葉を待っている地元の方はたくさんいますよ。

 

─ 山陽小野田市の風景(戸谷さん撮影) ─

刈屋漁港の夕景。
関門海峡を望む小焼け。中央に立つのは中国電力(株)新小野田発電所の煙突。
「日本の夕陽百選」に名を連ねる、きららビーチ焼野の夕景。建物は隈研吾氏がデザインを手がけたレストラン、ソル・ポニエンテ。
竜王山の菜の花。桜が見頃を迎えるより少し早く、山頂周辺を彩る。
竜王山から望む、桜の季節の夕景。
本山岬のくぐり岩。※2021年8月より、豪雨による土砂災害のため立入禁止になっています。

Copyright© 2021 戸谷悟デザインオフィス

※当インタビューは、2021年10月7日に行われたものです。