ジビエの美味しさを多くの人に広めたい。
厳しい療養生活を乗り越えて、
大きな目標を見つけたUターン生活。

 

田んぼが広がり、メダカが泳ぎ、赤トンボが舞う。
自分にとっての原風景が、まだ残っていました。
Q.山陽小野田市にUターンするまでの経緯を教えてください。

茨城県の大学を卒業後、新古書のチェーン店に就職して、充実した生活を送っていました。しかし、大学生の頃に患った持病のクローン病が悪化。クローン病とは、脂肪分を摂ると腸に炎症が起きる疾患です。かかりつけだった先生のもとで療養するため、病院がある山陽小野田市にUターン。

最初は病院の近くで夫婦で暮らしていましたが、現在は厚狭地区の実家で、両親と自分たち夫婦の計4人で暮らしています。病気の悪化がきっかけだったので、両親は手放しで喜んでくれたわけではありませんが、いつでも顔を見られるということで、安心はしてもらえたようです。また、妻も山口県出身なので、もしも家族に何かあった時に、すぐに駆けつけることができるので良かったと思います。

Q.Uターンするにあたり大変だったことはありますか?

小さい頃から慣れ親しんだ場所ですし、祖母の家に住むことが決まっていたので、準備に関しての苦労はありませんでした。仕事も運良く知り合いの方に声をかけてもらって、システムエンジニアとして働くことができました。土地勘がある、知り合いがいるという点は、Uターンならではのメリットですね。

また、山口県の県民性が分かっていたので気苦労もありませんでした。というのも、これまで仕事で全国各地を転々としてきましたが、おしゃべり好きの方が多い県、とても無口な方が多い県など、引っ越す度に県民性が変わるので慣れるのが大変だったんですよ。山陽小野田市の皆さんは、性格が明るくてフレンドリー。犬の散歩をしていると、ニコニコしながら話しかけてくれるんですよ。今では、名前は分からないけど、顔はよく知っているという散歩友達がけっこういます(笑)。

Q.住み始めてからの山陽小野田市の印象を教えてください。

山々に囲まれ、広大な田んぼに用水路が巡っている。川に目をやると、絶滅危惧種といわれるクロメダカが普通に泳いでいる。夏になればセミが鳴いて、秋が近づくと赤トンボが飛び回る。自分にとっての原風景がまだ残っていて、眺めていると癒されます。

また、交通の便が良く、宇部市や下関市、山口市といった周辺の街まで、車で15分〜50分ほどで行くことができます。遠出をしたい時も、車で30分くらいの場所に山口宇部空港があります。コロナ禍になる前は格安のLCCを利用して、関東の美術館や大好きな作家さんのサイン会に行っていました。ですから、Uターンしたからといって、楽しみがなくなったり交流が狭まったりといったことはありません。

さらに、山口宇部空港は駐車場が広いうえに、駐車代が無料なので長旅にも便利です。実は他県で暮らしていた頃は県庁所在地の駅前とはいえ1か月の駐車代とアパートの家賃がほとんど変わらなかったという、笑うに笑えない経験をしたことがありまして(笑)。旅先から戻ってきて、バスや電車ではなく自分の車で帰宅できるのはとても楽ですね。

加工所から車で5分ほどの場所にある円応寺は、仲村さんお気に入りのスポット。敷地内からは、厚狭地区を象徴するのどかな田園風景を一望できる。
Q.楽しいと感じるのはどのような時ですか?

日頃の近所付き合いですね。以前、うちの猟犬のワグが子どもを5匹産み、そのうち4匹を近隣の親しい猟師さんにお譲りしたことがありました。それ以降も、犬同士を遊ばせるなど親しくさせていただき、「釣りに行ってきたから」と魚をいただくこともあります。県外での生活ではずっとおすそ分けとは無縁の生活をしてきましたが、Uターンしてからは本当にいただきものが増えました。昨日も近所の方に栗をいただいたので、市内のポン菓子のお店に持って行って焼き栗にしてもらいました。おかげでうちの食卓は、海のものや山のもので満たされています。

 

自分が起業するなんて、思ってもいませんでした。
「やりたいことが見つかったんだから挑戦してみたら?」
妻や周りの方々の言葉に、背中を押されました。
Q.現在の仕事について教えてください。

2017年に西日本ジビエファームという、ジビエの加工・販売を行う会社を設立しました。地元の猟師さんたちが仕留めたイノシシやシカを買い取って解体し、ブロック肉にして真空包装にしています。機会があれば、自らも猟に出かけています。加工した肉は、飲食店に卸したり、精肉業者にウィンナーやソーセージにしてもらって商品化したりしています。祭りやイベントに出店して、ジビエを来場者の方に食べてもらうこともあります。

厚狭地区の静かな山の中にある西日本ジビエファーム。牛舎を改装して、販売所を兼ねる加工所としてオープンさせた。
Q.会社を設立するまでの経緯を教えてください。

入院中に、「ダック・コール」という本を読んだことで、猟に興味をもちました。カモを狩って食べる話が出てくるのですが、「自分で狩って食べたら美味しいだろうな〜」と、しみじみ思っていました。退院後、さっそく猟銃の免許を取ることに。鉄砲を手に入れてからは、猟友会の会長さんの取り計らいで、猟に参加させてもらえるようになりました。

ちょうどその頃、たまたま知り合いの方からシカの肉をいただきました。鉄分が多く低脂肪なので、クローン病を患っている自分でも安心して食べることができました。何より、その美味しさに驚かされました。これだけ美味しくて体に良い食材であるにも関わらず、仕留められたイノシシやシカはそのまま破棄されている。この状況を打破するために、なんとかジビエを普及させたいと、誰かが加工所を作るのであれば協力したいと思うように。しかし、山陽小野田市を含め近隣の市町村に問い合わせたところ、その予定はないということでした。それなら自分で加工所を作ってしまおうと思ったのが、起業の始まりです。

Q.もともと起業したいという気持ちはありましたか?

将来、副業で本を売ると楽しいかなと考えていたのですが、まさか起業するとは思ってもいませんでした。大きな病気をしたことで踏ん切りがついたこともありますが、妻や周りの方々が「やりたいことが見つかったんだから」「良いことをしようとしているんだから」と、背中を押してくれたことが大きいですね。

普通だったら、自分のような素人がジビエの加工所を作ろうとしたら、「無理だからやめたほうがいいよ」と言われても仕方がありません。しかし、山陽小野田市の方々は、チャレンジングなことをしようとする時に、誰も否定から入りません。やりたいことを求めて移住するのに、すごく良い街だと思います。

起業する際に背中を押してくれた妻・真由香さんと一緒に。
Q.どのように独立の準備をしましたか? 

開業について調べていたところ、偶然、山口商工会議所が主催する山口起業カレッジ※のことを知りました。ここでは、起業に関する知識や経営のノウハウなどを学ぶことができました。特に、事業計画書をしっかりと作ることで、先の見通しを立てることができたのは良かったですね。

また、開業資金は自己資金のほかに、日本政策金融公庫と地元金融機関の協調融資で借り入れました。借り入れの際には、やはり山口起業カレッジで作り方を学んだ事業計画書が役に立ちました。さらに、山口県よろず支援拠点※という、中小企業のさまざまな相談に乗る窓口を訪れて、ホームページの制作の仕方を教えてもらったり、会社名を一緒に考えてもらったりもしました。

山口起業カレッジ(外部リンク)起業に必要な「スピリット」「知識」「ノウハウ」をサポート。講師の細やかな指導や地域の金融機関との個別相談を行なうほか、補助金や助成金など、創業支援策についての情報も提供する。

山口県よろず支援拠点(外部リンク)国が設置した無料の経営相談所。幅広い領域における資格と専門職をもったコーディネーターが、中小企業・小規模事業者の経営に関する相談に応じる。

Q.仕事でやりがいや嬉しさを感じるのはどんな時ですか?

山のなかで廃棄されてしまうイノシシやシカを、資源として活用していることに大きな意義を感じています。また、自分たちが行なっているグループ猟には、勢子(せこ)といって猟犬を使ってイノシシを追い出す役割があります。指示係となる中心的な存在ですが、ありがたいことに若手の自分が任されているんですよ。猟を通して、みんなで協力してひとつのことを成し遂げることの大切さを学びました。

日々の業務のなかで一番嬉しいと感じるのは、自分が解体・加工した肉を「美味しい」と言ってもらった時です。先日、ジビエについて知ってもらおうと地元の農業高校で講演を行なったのですが、生徒さんたちにジビエを試食してもらったところ、「初めて食べたけど美味しい」と喜んでもらえました。ただ、ほとんどの方が、「美味しい」の前にどうしても「硬くて臭いかと思っていたけど」という言葉が付きます。ジビエを広く普及させるには、マイナスのイメージを覆さないといけません。だからこそ販路を拡大し、少しでも多くの方にジビエの本当の美味しさを知ってもらいたいと思っています。現在、加工品の開発やふるさと納税の返礼品に力を入れていますが、コロナの影響で飲食店に卸すことができないのがつらいですね。

紀州犬のアイちゃんは、仲村さんにとって猟の良きパートナー。
「生き物の命を奪ったからには活用したい」と語る仲村さん。仕入れた肉を、真心を込めて丁寧に捌いていく。
階段を1段上るのもひと苦労していた自分が、
山の中を元気に走り回って猟をしている。
昔の自分が見たら絶対に信じないでしょうね(笑)。
Q.休日はどのように過ごしていますか?

獲物はいつ罠にかかるか分からず、1頭もかからない日もあれば、3頭かかる日もあります。どうしても待ちの時間が多くなってしまうため、休日は設けていません。本を読んだり猟の道具を作ったりしていますが、都合がつきそうな日には、妻と一緒に宇部市や下関市まで出かけています。買い物をしたり美術館に企画展を観に行ったりと、悠々自適に過ごしています。

Q.移住前から変化したことを教えてください。

以前はクローン病のため、食べられる肉が鶏肉くらいだったのですが、シカ肉が食卓に加わることで食べる楽しさが生まれました。ローストしたり、脂肪分の少ないパウダー状のカレールーを使ってカレーの具材にしたりと、いろいろな調理法を楽しんでいます。おかげで体質が改善され、病院の先生も「奇跡のクローン病患者だ!」と驚くほどです。入院していた頃は、階段を1段上るのもひと苦労していましたが、今では山の中を猟犬と一緒に一山くらい歩くことも珍しくありません。誰よりもはやく猟犬に追いついて、誰よりもはやくイノシシを獲る。5〜6年前の自分にその姿を見せたら、絶対に信じないでしょうね(笑)。

仲村さんが捌いたイノシシ(左)とシカ(右)の肉。
さっぱりとしていながらもジューシーな味わいを楽しめる。
Q.これからこの街で、どのようなことに取り組んでいきたいですか?

ジビエがたくさん売れると、そのぶん猟師さんが多くの獲物を持ち込むことができます。結果的に、鳥獣による農業の被害を減らすことができます。そのような循環の中心になって、活動の輪を広げていけたらと思っています。現在、加工所を作りたいという方がいらっしゃるので、相談に乗っているところです。肉の品質のことを考えると、仕留めてから1時間以内に加工所に持ち込んでいただくのが理想です。今後は、今の加工所から1時間離れた場所にもう1軒、さらにそこから1時間離れた場所にもう1軒と、各地に加工所を作っていけたらいいですね。

イノシシやシカが畑を荒らす「獣害」で、頭を悩ませている農家も少なくない。
起業をするには、たくさんの情報が欠かせません。
自分から積極的に、住民の輪に飛び込むことが大切です。
Q.改めて感じる山陽小野田市の魅力を教えてください。

自然が豊かだということはもちろん、実はペット好きの方にもおすすめの街です。自分も動物が大好きなのですが、アパート暮らしの頃は飼うのが困難でした。ところが、Uターンしてからは身寄りのない猫を引き取り、猟をするようになってからは紀州犬を譲り受けました。ペットをお金で買わない習慣が、この街にはまだ残っているんですね。また、自分が住んでいる周辺には、車通りの少ない道がたくさんあります。紀州犬のように大きな犬でも、リードを伸ばしてのびのびと散歩させることができるんですよ。

Q.移住を考えている人にメッセージをお願いします。

山口県は、社会問題の解決を目的とした起業に、チャンスがあると思います。例えば、高齢者の方が増えているので、そういった方々に向けたサービスは需要があるのではないでしょうか。起業する際には、いろいろな所に繋がりを作って情報を集めることが大切です。自分の場合、積極的に地元の輪のなかに飛び込んでいった結果、猟の師匠がたくさんできました。とはいえ、何のきっかけもなしに繋がるのは、ハードルが高いかもしれません。まずは近所の方と親しくなり、徐々に趣味などの活動を通じて、交流範囲を広げていくと良いのではないでしょうか。自分から心を開いて素直に話を聞きにいくと、きっと親切に対応してもらえるはずですよ。

※当インタビューは、2021年9月21日に行われたものです。